こんにちは、レバレジーズ株式会社医療テック事業部の大島です。
本記事では、医療・介護業界に特化したバーティカルSaaSとして「わんコネ」がどのように開発され、どのような課題を乗り越えてきたのか、その過程と得られた知見をまとめています。厳しい法規制下でのセキュリティ要件や、業務でパソコンを使わない現場との連携など、一般的なSaaS開発とは異なる特有の苦労が存在します。そうした実態と課題解決のポイントを順を追ってご紹介します。
◆わんコネとは?
わんコネは、病院や施設での入退院連携業務を効率化するために開発されたバーティカルSaaS(特定業界特化型クラウドサービス)です。
入退院連携とは、患者が入院している医療機関や介護施設から、別の病院や施設へ転院・入居する際に行われる一連の手続きを指します。具体的には、メディカルソーシャルワーカー(MSW)や退院支援看護師が患者の病状や希望を踏まえながら、受け入れ先の候補を探し、連絡・調整を行う必要があります。
しかし、現在の多くの医療・介護現場では、転院先候補とのやり取りが電話やFAXなど従来型のアナログ手段に依存しており、以下のような課題が発生しやすくなっています。
- 情報共有の煩雑さ
複数の施設に問い合わせる際に同じ内容を繰り返し説明しなければならないため、担当者の負担が増える。 - 進捗の不透明感
調整がどの段階まで完了しているのか、複数の担当者や関係機関がいつでも把握しづらい。 - 業務負担の増大
連絡ミスやFAXの送信漏れなど、人的ミスを誘発しやすく、担当者に精神的なストレスがかかる。
わんコネでは、こうした課題を解決するために、入退院支援業務の進捗管理やコミュニケーションを一元化できる仕組みを提供しています。具体的には以下のような特徴を持ち、MSWや退院支援看護師のみなさまの負担軽減を目指しています。
- リアルタイムでの情報共有 患者の転院進捗や問い合わせ状況を、関係者全員がリアルタイムで把握可能。
- 安全性・信頼性の確保 患者情報など機密性が高いデータを取り扱うため、通信の暗号化やアクセス権限管理などセキュリティ面を万全に整備。
- 導入のしやすさ クラウドベースで提供されるため、お客様でインストールなどの手間をかけずに導入可能。
患者一人ひとりにとって最適な転院先をスピーディーに見つけ、スムーズに移ってもらうためにも、入退院連携を効率化するわんコネは医療・介護現場にとって欠かせない存在になりつつあります。
こうした医療・介護分野特化型のバーティカルSaaSがもたらす最大の利点は、「現場で必要な機能を現場に寄り添った形で提供できる」ことです。一見するとニッチに見えるかもしれませんが、非常に大きな社会的インパクトがある領域でもあり、現場レベルから効率化を図ることは、少子高齢化社会において重要なテーマといえます。
◆医療介護業界の特徴と課題
医療・介護分野は超高齢社会の日本において、今後ますます重要性が高まる領域です。しかし、ICTの導入が遅れていることや複雑な法規制が存在することなどから、他業界では当たり前に進んでいるデジタル化が進まず、人力による属人的な業務が数多く残っているのが現状です。ここでは代表的な課題を4つ取り上げ、それぞれ詳しく解説します。
- ICT化の遅れとアナログ文化 電話・FAX・紙台帳が今なお主流。情報を重複入力する非効率や伝達ミスが日常的に発生しています。
- 超高齢化による業務量の急増 患者・利用者は年々増加する一方で、MSWや看護師は慢性的に不足。転院調整に割く時間と負荷が膨らんでいます。
- 複雑な法規制・セキュリティ要件 個人情報保護法や医療法などに厳格に準拠する必要があり、高いセキュリティ設計と運用体制が導入のハードルになります。
- 属人的フローと暗黙知 病院ごとに手順がばらつき、業務ノウハウが個人に依存。新人や異動者がすぐに戦力化しにくい構造的課題があります。
◆わんコネが解決に挑む課題
1. 施設データの“ばらつき”と更新負荷
- 病院・介護施設ごとに項目名や表記が統一されておらず、空床や診療科情報を最新の状態で保つのが困難。
- MSW が電話・FAXで都度確認するため、転院調整に時間がかかる。
2. 高いセキュリティ水準と複雑なアクセス制御
- 機密性の高い情報を取り扱うため、業法や業界ガイドラインなどにより高いセキュリティ水準が求められる。
- 病院と施設の多職種ユーザーが同じデータを扱うため、細かな権限設定と監査証跡が求められる。
3. 病院ごとに異なる属人的フロー
- 入退院調整の手順や判断基準が施設・担当者ごとにばらつき、暗黙知に依存。
- 進捗管理や帳票作成が個人任せになり、新人や異動者は即戦力になりにくい。
◆わんコネの開発内部 ─ 課題と解決のリアル
わんコネは「医療・介護業界における入退院連携業務を効率化する」という大きなミッションを掲げ、日々開発と運用を続けています。 その過程では、業界特有の複雑さや法規制、電話やFAXなどを用いた属人的な業務など多くの課題に直面しました。ここでは、代表的な開発上の課題とその解決策、さらに得られた教訓をご紹介します。
1. 施設データのばらつきと最新性
課題
- 病院・施設情報(病棟構成、病床数、診療科、介護サービスなど)が多岐にわたり、表記や更新頻度が統一されていない。
- 入退院連携をスムーズに行うには最新かつ正確な施設情報が必要だが、従来は利用者が手作業で都度確認していた。
解決策
- データモデルの設計と自動整形 データベース側で標準化のためのスキーマを設計し、機械的に表記ゆれなどを修正する仕組みを導入。
- 継続的なデータ更新フローの構築 定期的に施設へ更新を促すフォームやAPIを用意し、担当者自身にメンテナンスを行ってもらう運用を実施。
- 検索・マッチングアルゴリズムの最適化 空床数や診療科、地域など多種多様な条件を高速かつ正確に検索できるよう、インデックスやキャッシュを最適化。
得られた教訓
- 完璧なデータベースを最初から目指すのではなく、施設スタッフが継続的に更新しやすい仕組みづくりが重要。
- 現場が「使いたくなる」UXやインセンティブを提供することで、データの鮮度を保ちやすくなる。
2. セキュリティと法規制への対応
課題
- 機密性の高い患者情報を取り扱うため、医療・介護現場ごとに厳格なルールがある。
- 病院と介護施設が同じシステム上で情報を閲覧・編集するため、アクセス権限を細かく制御しなければならない。
- 業法や業界ガイドラインへの対応。
解決策
- 権限管理とアクセスコントロールの設計 患者データの閲覧範囲を設計観点に盛り込む
- セキュアなクラウド基盤の選定と設計 医療データに対応可能なクラウドサービスを利用し、通信の暗号化、バックアップ、DR(災害復旧)対策を整備。
- 定期的なセキュリティ診断の実施 レバレジーズ内部の品質管理チームによる定期的なペネトレーションテスト(模擬侵入テスト)や脆弱性診断を実施。
- 業界ガイドラインへの対応 厚労省ガイドラインには様々なセキュリティ要件の記載がありますが、例えば、今後必須化される予定になっている2要素認証にも先行して対応済み。このように順次ガイドラインへの準拠を実施しております。
- 法規制・ガイドライン対応のドキュメント化 サービスに関連する法規制やガイドラインをドキュメント化し、アップデートがあるたびに対応方針を更新。
得られた教訓
- 技術面だけでなく運用面のルール整備やユーザーへの周知が不可欠。
- セキュリティと利便性はトレードオフになりがちなので、エンジニア・プロダクトマネージャー・法務/セキュリティチームが密接に連携し、バランスを取ることがポイント。
- 設計観点だけではなく、ロールベースアクセス制御(RBAC:Role-Based Access Control)のような仕組みが今後必要
3. 属人化された業務プロセスの吸収
課題
- 病院や施設によって入退院調整フローが異なり、属人化が進みやすい。
- MSWや看護師など個々のノウハウで業務が成立しているため、新人が担当すると一気に効率が落ちる。
- 「進捗管理」「メッセージのやり取り」「患者情報の帳票作成」など多岐にわたる要素を、どこまでシステム化するかが難しい。
解決策
- プロセスの可視化とフロー設計 ユーザーインタビューを重ねて入退院調整の共通項を抽出し、ワークフローを定義することで「誰がいつ何をするのか」を明確化。
- コラボレーション機能の拡充 チャット機能、メモ機能を取り入れ、複数担当者がリアルタイムで連携しやすい仕組みを整備。
- 業務手順・帳票のテンプレート化 ベテランスタッフの暗黙知を整理し、必要項目や操作手順をテンプレート化。施設ごとの細かなカスタマイズも許容する柔軟性を持たせる。
得られた教訓
- フローが複雑な業務ほど、無理に100%標準化するよりも、ある程度のカスタマイズを認めることで導入ハードルを下げられる。
- システム導入と並行してユーザートレーニングや運用ルールの策定を行うことで、属人化の解消が加速する。
◆まとめ:課題解決型アプローチが生み出す医療介護SaaSの価値
わんコネは、医療・介護業界における入退院支援の非効率や属人化という根本的な課題に対して、4つの大きなテーマを軸に解決策を追求してきました。
これらの取り組みを通じてわんコネが得た大きな学びは、技術はあくまで課題解決の“手段”であり、現場の声とニーズを起点に柔軟に選択・最適化していくことが重要だという点です。医療・介護のように法規制が厳しく保守的な分野では、現場に馴染みながら着実に業務を改善するアプローチが求められます。
- 属人化の解消には、技術だけでなく現場フローの深い理解とユーザーの声の反映が不可欠。
- 初期段階からセキュリティ要件を組み込み、やり取りする個人情報を最小限に抑える設計を行うことで、導入障壁を下げられる。
- 既存業務を尊重しながら小さなステップで新しい仕組みを定着させるハイブリッド開発は、保守的な業界との相性が高い。
わんコネは今後、より多くの医療機関・介護施設にご利用いただき、業務効率化のご支援ができるよう、さらなる機能拡充を計画しています。患者様の命や生活の質を最優先に考える医療・介護の現場でこそ、「現場の負担軽減」と「業務効率化」を両立するデジタルソリューションが求められています。わんコネはそのニーズに応え、社会全体に貢献するサービスとして、これからも着実に進化し続けます。
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